時間を超越するシンプルでオシャレな注文注宅を建てるためのポイント
緻密な計算によって作りこまれたシンプルなデザインの家は、無駄なぜい肉をそぎ落とした美しさがあります。こまごまとした間仕切りをせず、ハウス全体が一帯化した開放的な屋内空間が、そこに住む人の心と体を健全に育んでさえくれるでしょう。
ただし、必要最小限の機能に抑えてシンプルで住み心地の良い家を造るのは至難の業で、優れたデザイン力と卓越した建築センスが問われます。それゆえにシンプルで機能的な家は存在感を発揮し、だれもが一目置くマイホームとなるのです。
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- 建築コストを抑え、予算内でワンランク上の家造りが可能
- 時代の流れに左右されず、いつまでも新しさを失わない
- メンテナンスしやすく、リフォームコストも抑えられる
- シンプルな住宅デザインは時代を超える
- まとめ
1. 建築コストを抑え、予算内でワンランク上の家造りが可能
シンプルな家造りは、建築コストの面でメリットがあります。無駄な装飾をカットすることで、建築費を抑えることができます。なお、カットした費用で建材の質を高めたり、設備のグレードアップも可能です。要するに、マイホームのコストパフォーマンスが高まります。
なおシンプルな家は、他の一般的な住宅よりも工事期間が短縮されます。工期短縮もコストカットの大きな要因です。引っ越しを早めることで、賃貸費用の節約にもなるでしょう。
2. 時代の流れに左右されず、いつまでも新しさを失わない
最新技術と流行のデザインで作られた家は、周辺の家よりも美しくステキに見えるかもしれません。近隣住宅と見比べても、キラキラ光っていて目立つ存在でしょう。
ですが、数年もすると建築時の輝きは失せ、近隣に新しい家が建てられると逆に見劣りさえ感じてしまうものです。このガッカリ感は、流行の先端をとらえた家であればあるほど大きくなります。
あくまでも独創的でシンプルな家は、決して流行に左右されることがありません。他のどの家にも似ていませんから比較されることもなく、個性的に年を取っていきます。そして、『レトロだけれどステキなお家』として愛着が湧くことでしょう。
3. メンテナンスしやすく、リフォームコストも抑えられる
シンプルな家はパーツ数が少ないため、メンテナンスの手間が簡素化します。特に装飾系デザインは壊れやすく、凝ったデザインの外壁はメンテナンスのコストもかさみます。シンプルなデザインに徹することで、劣化防止のメンテナンスがしやすいのです。
また、リフォームをする時もメリットがあります。間取りも簡素なのでリフォームを加えやすいメリットがあります。簡単に部分的なデザイン変更ができて、コストも抑えられます。ですから、マイホームの維持コストの面でとても有利なのです。
4. シンプルな住宅デザインは時代を超える
名のある建築家が設計するシンプルデザインの住宅は、単なる簡素な住まいではなく、建物自体の美しさと優れた機能性、快適な居住性をも実現します。
1952年に建築家・増沢洵氏によって建てられた『最小限住居』は、『日本の家はウサギ小屋』と世界から揶揄されてきた家造りの延長線上にありました。高度成長期が始まり、多くの建築事務所が西洋風のプライベート確保を優先したマイホーム造りをリリースする時代に、あえて日本風のマイホームを昇華させる提案をしたとも言えます。
実は、増沢氏が質素で小さなマイホームを作ったのには訳があります。建築の世界に入って間もない増沢洵氏が、たまたま金融公庫の融資に当選します。他に貯金もない彼は、少ない予算で建てられるシンプルな家の設計に着手せざるを得ませんでした。
ですが、見事に逆境を跳ね返し、完成した住宅は斬新で日本情緒があるステキなマイホームに仕上がりました。豪華主義へと向かうマイホーム作りに一石を投じ他と高い評価も得ています。

建築面積はたったの9坪。延べ床面積が15坪のコンパクトハウスです。現在のマンションで言えば2DKか狭めの2LDKといったところでしょう。
一階部分は9坪の正方形の敷地で、そのまま2階を立ち上げています。外観上は18坪の敷地面積となるところ、居間の3坪が吹き抜けになっているので、実質15坪の居住スペースとなっています。
実物を見ますと、狭いという不快感はありません。居間が吹き抜けで、大きな窓からの日差しもあって、かえって広々とした開放感を感じます。2階の寝室も余計な内壁を排除していますから、こちらも空間が広く使える設計です。
『最小限住居』は増沢洵氏の自宅であり、ご夫婦が仲睦まじく暮らしている様子も写真に残っています。つまり、建築家が自ら住みたいと思う程、快適で合理的な住宅だったと言えるでしょう。
ちなみに、『最小限住居』を立てた土地は200坪もあって、実に広い庭が付いていました。今から広がる庭の風景は絶景で、子供たちの笑い声があふれていたとのこと。このような家造りは土地の広い農家の自宅に多く見られます。コンパクトで間取りがシンプルな平屋が農地にポツンと立っていることがよくあるでしょう。
老夫婦だけであれば、増沢氏の『最小限住居』にならったデザインで、快適でステキなモダンハウスを楽しむことができるでしょう。何十年たっても存在感を失わず、風景に溶け込んだ落ち着いたマイホームが出来上がるのではないでしょうか。
建築家増沢洵とは
さて、ここで『最小限住居』を建築した増沢洵氏について、その経歴を振り返ってみましょう。

建築家・増沢洵氏は日ソ条約が調印され、普通選挙が公布された年に東京で生まれました。その翌年は昭和元年となります。1947年に東京帝国大学工学部建築学科を卒業して、そのままレーモンド設計事務所に入所しています。
ここに勤務して半年ほどで、増沢氏は幸運にも金融公庫の融資を受けます。この資金を使って、ひそかに心に描いていた住宅構想を自宅という形で実行しました。
『最小限住居』の竣工は1952年3月、設計期間わずか2ヶ月・工期も3ヶ月の猛スピードで建てられました。この話題を聞きつけた建築雑誌・新建築は『最小限住居の試作』とのタイトルで記事にしています。
世間の評価は上々で、これを契機に1956年に増沢建築設計事務所を立ち上げています。なお、名声が上がるなか、1964年に東京大学工学部で教鞭をとっていました。
建築家としての功績は華々しく、多くの公共施設の建設を手掛けています。
増沢氏の代表作は以下の通りです。
- 鈴鹿青少年スポーツセンター
- 北海道青少年スポーツセンター
- 南紀青少年スポーツセンター
- 山崎製菓古河工場
- カルピス岡山工場
- カルピス本社ビル
- 桑沢デザイン研究所
- 新宿風月堂
- 沼津市民文化センター
1977年に手がけた成城学園建築では、日本建築学会賞にも輝いています。そして、1990年に享年65歳の若さでこの世を去りました。
最小限住宅にみる「5つのデザイン原則」

増沢氏による『最小限住宅』には。次の5つのデザイン原則が凝縮されています。
- 汎用性と美学:平面構造の正方形(3間x3間)をプラン(1間は約1.8m)
- 空間の連続性:吹き抜けを設け、仕切り壁も簡素化する
- 単純性・合理性:14.8尺の切妻屋根
- 構築性・柔らかさ:丸柱や板材を使う
- 比率・内外の一体化:正面部分には広い開口部を設ける
『最小限住居』を検証すると、増沢氏による独自のデザインコンセプト(上記の5原則)が根底に置かれた設計だと分かります。後に国内に広まった『9坪ハウス』は、『最小限住居』を手本とした5原則を基本理念として設計されています。
特長は敷地が正方形であること、昭和の時代の住居は1間1尺の寸法で建てられていましたから、9坪ハウスでも各辺が3間できっちりと正方形を象ります。
なお、敷地面積が9坪(畳約16畳)のコンパクトサイズですが、2階建て(3坪は吹き抜け)にして15坪(約27畳)と広さはあります。およそ50平米の延べ床面積ですから、今の2LDKに相当し、4人世帯までであれば必要最低限のスペースだともいえるでしょう。
ただし居間が吹き抜けで、窓からの日差しも十分で開放感に満ちたリビングになります。さらに、空間を広く利用する工夫があります。14.8尺の切妻屋根は、お馴染みの三角屋ですが、屋根裏スペースを作らないことで2階天井が広々とします。吹き抜けと合わせて、屋内の空気の循環が良くなりますし、快適な居住空間を演出しています。
住宅の柱は壁を設ける関係上、角材が一般的です。一方9坪ハウスは円柱を多用することで、室内の雰囲気を穏やかに演出します。デザイン的にもやわらかい感じが出て、狭い部屋でも居心地はよくなるのです。
そしてメインファサード(住宅の正面)の大開口窓です。いわゆる掃き出しの窓をはめ込むと、縁側(ベランダ)とその向こうの庭との空間的つながりが生まれて、一層の開放感と居住席をもたらしてくれます。『9坪ハウスが徹底的に空間の有効利用に長けたハウス』と評価される所以がここにも見られます。
増沢洵が「最小限住居」で実現しようとしたことは
幸運にも15坪の住宅建築が可能な金額を融資された増沢氏は、その当時の常識を覆すような発想を展開させました。『マイホーム(個人住宅)は高所得者層の所有物』とする常識から外れ、所得の低い若い夫婦でもマイホームが持てるような家造りにチャレンジしたのです。
そこで、設計では徹底して規格寸法にこだわり、かつ居住性の良い機能・デザインに加え居心地の良さを損なわないシンプルな住宅を追求しました。その結果が『最小限住居』です。
増沢洵が最小限住居で実現しようとした4つのこだわりポイント
最小限住居に込められたこだわりポイントは次の4つです。
- 誠実さ(低価格住宅でも最善を尽くす)
- 単純さ(シンプルなデザインの追求)
- 直截さ(まわりくどい装飾を省く)
- 経済性(低予算で建築可能・コストパフォーマンスの追求)
この理念は、現在の9坪ハウスの建築理念にそのまま受け継がれています。なお、国内で人気を高めている全ての『狭小・スケルトン住宅』の原型となる理念でもあります。
この理念が具現化されると、住宅建築では無理・無駄をせず、余計な装飾を加えないというデザインの基本が定義付けられます。また建築工事では、入手が簡単な低価格な建材を利用し、そのまま使うというノウハウも生まれました。製品の寸法をそのまま活かし、無駄を出さずに少ない材料で建築するという手法も徹底します。なお、高級住宅ではないので、難しい技巧や手の込んだ職人仕事も控えます。
壁も簡素な間仕切りで、フラットな天井(天井裏を省くことも)やトラス構造を用いて、低価格だが存在感や快適性をもつ気品ある住宅に仕上げる努力もします。
このような設計・建築姿勢を貫き、住む人の生活の平安が維持できる家造りにこだわるのです。近代技術を積極的に取り入れ、より快適で安全・安心な住宅造りを追求します。
最小限住居のコンセプトを継承した住宅が新しく作られている
建築家・増沢が『最小限住宅』で描いた『シンプルで機能的で快適で気品ある住まいの形』の理論は、現代の9坪ハウスや狭小住宅の建築に受け継がれ、さらに世界中のスローライフ派のこだわり住宅にも大きな影響を与えています。

上の写真は、ニュージーランドの海岸線を見下ろす崖の上に建てられた海外版狭小住宅・アイランドベイハウスです。青々とした美しい海と豊かな森に囲まれた立地。そこに立つ小さな住宅は、一切の無駄を排除したシンプルで開放的で、かつ住む人の夢をかなえる機能や設備が整った『最小限住宅』そのもの。
インテリアは必要最低限の設備だけですが、トータルバランスが素晴らしく、実に美しい佇まいを演出しています。住宅の前面に大きなガラス張りの窓を付け、フルオープンさせると2階の回廊から壮大な風景が望めます。

アイランドベイハウスは通気性と保温性を兼ね備えたエネルギー効率に優れたハウスです。ソーラー発電で電力を自発させること、同時に太陽熱を屋内に十分取り込むデザイン、さわやかな潮風が吹き抜ける快適な空間をもち、住む人の健康も幸せも維持してくれる最小限住宅に仕上がっています。
5. まとめ
戦後の貧しかった日本は、持ち前の『モノ造りの技術と豊かな発想力』で、まだ豊かではない時代でも多くの人がマイホームの夢が見れる家造りの技を確立させました。それは名もなき青年・増沢洵氏によって始まり、彼のこだわりが現在なお、土地の狭い日本の家造りに大きな夢を与えてくれています。
また、『最小限住宅』の理念は世界でも評価され、プライベートな小さな家造りに利用されています。このようなステキな家造りが、ウサギ小屋と揶揄されてきた日本建築から発信している事実、なんとも誇り高くステキな話ではないでしょうか。